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The GUTAI Archive具体美術協会の功績を紹介するウェブサイトです。
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What is Gutai
具体美術協会(ぐたいびじゅつきょうかい、具体)は戦前から活躍していた画家・吉原治良を中心に1954年関西で結成。吉原の指導のもと、従来の表現や素材を次々と否定して新しい美術作品を生み出していった。初期のメンバーは、嶋本昭三、山崎つる子、正延正俊、上前智祐、吉原通雄、吉田稔郎、白髪一雄、村上三郎、金山明、田中敦子、元永定正など。機関紙「具体」の発行、野外展、東京および関西での「具体展」、舞台などで新鮮な活動をめざましく展開していった。やがて具体はフランスの批評家ミシェル・タピエによって広く海外へ紹介され、高く評価されるようになった。60年代になると向井修二、松谷武判、前川強ら新しい世代が登場し、それまでとは違った方向性を見せることになる。その間、1962年には本拠地「グタイピナコテカ」が大阪に開設され、ジャスパー・ジョーンズ、サム・フランシス、ジョルジュ・マチウ、ロバート・ラウシェンバーグ、イサム・ノグチ、ポール・ジェンキンス、ジョン・ケージ、ペギー・グッゲンハイムなどが訪問した。吉原治良の死によって1972年に解散するまで、具体の活動は幾つかの局面を経てきたが、ことにその初期の実験性は世界の美術の先駆者として認められ、近年もあいついで内外で展覧されている。
Gutai Manifesto
具体美術宣言

吉原治良

今日の意識に於ては従来の美術は概して意味あり気な風貌を呈する偽者に見える。
うず高い、祭壇の、宮殿の、客間の、骨董店のいかものたちに快別しよう。
これ等のものとは絵具という物質や布切れや金属や、土や、大理石を人間たちの無意味な意味づけによって、素材という魔法で、何らかの他の物質のような風貌に偽瞞した化物たちである。精神的所産の美名に隠れて物質はことごとく殺戮されて何ごとも語り得ない。
これ等の屍を墓場にとじこめろ。
具体美術は物質を変貌しない。具体美術は物質に生命を与えるものだ。具体美術は物質を偽らない。
具体美術に於ては人間精神と物質が対立したまま、握手している。物質は精神に同化しない。精神は物質を従属させない。物質は物質のままでその特質を露呈したとき物語りをはじめ、絶叫さえする。物質を生かし切ることは精神を生かす方法だ。精神を高めることは物質を高き精神の場に導き入れることだ。
芸術は創造の場ではあるけれど、未だかつて精神は物質を創造したためしはない。精神は精神を創造したにすぎない。精神はあらゆる時代に芸術上の生命を産み出した。しかし、その生命は変貌を遂げ死滅してしまう。ルネッサンスの偉大な生命群も今日では考古学的な存在以上の生命感をうけとり難い。
今日消極的ではあるけれど辛うじて生命感を保ち得ているものはプリミチブの芸術、印象派以降の美術群であろうけれど、これ等のものは幸いにして物質の、即ち絵具を駆使してごまかし切れなかったか、或は点描派、フォーヴィズムのように物質を自然再現の用に供しながらも殺戮するにたえなかったものたちだ。しかし今日も早われわれに深い感動をもたらし得ない。過去の世界だ。
ここに興味のあることは過去の美術品や建築物の時代の損傷や災害による破壊の姿に見られる現代的な美しさだ。これ等は頽廃の美としてとりあつかわれているけれど案外人口の粉飾のかげから本来の物質の性質が露呈しはじめた美しさではないか。廃墟が案外に温く親しみ深く我々を迎え入れ、さまざまな亀裂や剥だつの美しさをもって語りかけることは物質が本来の生命をとりかえした復讐の姿かもしれない。以上の意味に於て、現代の美術ではポロック、マチュウ等の作品に敬意を払う。これ等の作品は物質即ち油絵具やエナメル自体が発する絶叫である。これ等の二人の仕事はそれぞれの資質的な発見による的確なやり方で物質と取組んでいる。むしろ物質に奉仕するようでさえある。分化と統合のすさまじい効果が湧き起っている。 最近富永惣一氏、堂本尚郎氏等によってマチュウ、タピエ等のアンフォルメルの美術活動が紹介されたが極めて興味深い。詳しく知ることは出来ないが紹介された論旨は同感するところが多い。既成的な形にとらわれず今生れ出て来たばかりのういういしい発現を要求する点など表現は相異しても生々しいものを要求していたわれわれの主張と不思議な一致に驚かされるところがあった。しかし、可能の追求に当って、抽象美術の色・線・形等の概念的な造形ユニットが物質の特性と如何なる関係に於て把握されたかは詳かにしない。抽象性の否定については論旨がよくわからないが、われわれは定型的な抽象美術に対しては明らかに魅力を喪失し、抽象主義よりの前進が三年前具体美術協会結成の一つの合言葉であり、具体主義の名称がそのために選ばれたのも事実である。とりわけ抽象主義の求心的ななり立ちに対して必然的に遠心的な出発を考えないわけにはいかなかった。 われわれは当時-----今もだが-----抽象主義の最も大きな遺産は再現の芸術から真に創造の名に値する新しい主体的な空間創造の可能性を開いた点にあると考えた。
われわれは純粋創造活動の可能性を旺盛に追求したいと決心した。抽象主義的空間の具体的把握にあたって、人間の資質と物質の特性との結合が考えられた。
個人の資質と選ばれた物質とがオートマチズムのるつぼの中で結合されたとき、われわれは未知の、未だ見て経験しない空間の形成に驚いた。オートマチズムは必然的に作家のイメージをのりこえてしまう。われわれは自身のイメージに頼るよりは空間創造の自己の方法の把握に腐心した。 例としてメンバーの一人木下淑子の場合についていえば、彼女の経歴は女学校の化学の教師にすぎないけれど、化学薬品を濾紙の上でかけ合せることによって不思議な空間をつくり上げた。或種の予測はついてもその結果については、薬品を操作した日の翌日にならなければわからないのだ。しかしこの不思議な物質の様相は彼女のものだ。ポロックのあと幾万のポロックが出現したか知れないがポロックの栄光は消え去りはしない。発見が尊重されねばならない。
白髪一雄は巨大な紙の上にペイントの塊を置いて激しく足で絵具をのばしはじめた。彼のこの前人未踏の方法は所謂体当りの芸術として二年この方ジャーナリズムにとりあげられたけれど、白髪一雄は何とその奇妙な制作の有様を発表したのではく彼の資質が選択した物質と彼自身の精神の動態との対立、総合の方法を極めて首肯し得る状態で獲得しただけだ。
嶋本昭三は白髪の有機的な方法に対して、数年来機械的な操作への執心をつづけていると云ってよい。ラッカーをつめたガラス瓶を烈しくぶち破って飛びちる飛沫の絵画や、時には手製の小型の大砲に顔料をつめて、アセチレン瓦斯の爆発で飛散させた一瞬で成立する大画面など息をのむような新鮮さを示した。
その他鷲見康夫のヴァイブレイターを用いた作品、吉田稔郎の単一な絵具の塊の作品等。これ等の制作行動は真面目な襟を正させる気迫をもつことを知って欲しい。
又未知のオリヂナルな世界の追求は所謂オブジェの形式で多くの作品を産んだ。これは芦屋で毎年催す野外展への条件も刺激になったと思うのだが、諸種の物質ととり組んだ作品はシュールリアリズムに於けるオブジェとは題名や意味を嫌った点でもその相違がわかると思うが、具体美術のオブジェは色を塗って折りまげた一枚の鉄板であったり(田中敦子)、赤い硬質ビニールでつくった蚊帳の如き形態であったり(山崎つる子)した。あくまでこれ等のオブジェは物質の特性とその色や形による訴えにすぎなかった。
併しわれわれは別に会として規正したわけではない。あくまで自由な創造の場である限り色々な実験が極めて活発に行われはじめた。即ち、体全体で味わう芸術、触覚の芸術、具体音楽(これは嶋本昭三が数年前から極めて興味のある実験的作品を試みている)迄ある。
嶋本昭三の歩いて感じる凹む橋の如き作品、村上三郎の体ごと中に入って空を覗く望遠鏡の如き作品、金山明のビニールの袋の有機的な弾力をもつ作品等である。又田中敦子は点滅する電球で作った「衣服」と称する作品を、元永定正は水や煙の造形をはじめた。
すべての未知の世界へ果敢な前進を具体美術は高く尊重する。一見ダダと比較され混同されることも多いがダダの業績を再認識しつつあるわれわれではあるが、ダダとは異って可能追求の場に於ける所産であることを信じている。溌らつたる精神が具体の展覧会に常に流れ、新しい物質の生命の発見がすさまじい叫び声を発することをわれわれは常に願望しているのだ。
History of Gutai
1954年  8月  具体美術協会設立
1955年  1月  機関紙「具体」創刊
  7月 真夏の太陽にいどむモダンアート野外実験展(芦屋市、芦屋公園)
  10月 第1回具体美術展(東京、小原会館)
1956年 4月 一日だけの具体展(米「ライフ誌」が具体会員の制作風景を撮影する為に行われた非公開展)
  7月 野外具体美術展(芦屋市、芦屋公園)
  10月 第2回具体美術展(東京、小原会館)
1957年 4月 第3回具体美術展(京都市美術館)
  8月 今井俊満、ジョルジュ・マチウ来日
  9月 ミッシェル・タピエ
  10月 第4回具体美術展(東京、小原会館)
  11月 サム・フランシス、今井俊満二人展(大阪、近鉄百貨店)
1958年 4月 舞台を使用する具体美術展 第2回発表会(大阪、朝日会館)
    新しい絵画世界展-アンフォルメルと具体-(大阪、高島屋ほか全国を巡回)
    第5回具体美術展(東京、小原会館)
  9月 第6回具体美術展 [具体ニューヨーク展] (ニューヨーク、マーサ・ジャクソン・ギャラリー)
1959年 2月 英BBCが具体メンバーの制作課程を取材撮影。
  6月 第7回具体美術展 [具体イタリア展] (トリノ、フィギュラティブ画廊)
  8月 第8回具体美術展(京都市美術館、9月-東京、小原会館)
  9月 タピエの推す現代日本15人展(東京、現代画廊)
  10月 第11回プレミオ・リソーネ(リソーネ、ブッソーラ画廊)
  11月 メタモルフィスム展(パリ、スタドラー画廊)
1960年 1月 クリスト・クッシア展(大阪、高島屋)
  4月 第9回具体美術展(大阪、高島屋)
    インターナショナル・スカイ・フェスティバル(大阪、高島屋)
1961年 4月 第10回具体美術展(大阪、高島屋)
1962年 4月 第11回具体美術展(大阪、高島屋)
  9月 グタイピナコテカ会館記念展
  10月 嶋本昭三個展(大阪、グタイピナコテカ)
  11月 白髪一雄個展(大阪、グタイピナコテカ)
    だいじょうぶ月はおちない[具体美術と森田モダンダンス](大阪、サンケイホール)
  12月 古田稔郎個展(大阪、グタイピナコテカ)
1963年 1月 第12回具体美術展(東京、高島屋)
  2月 田中敦子個展(大阪、グタイピナコテカ)
  4月 村上三郎個展(大阪、グタイピナコテカ)
    第13回具体美術展(大阪、高島屋)
  5月 向井修二個展(大阪、グタイピナコテカ)
  7月 山崎つる子個展(大阪、グタイピナコテカ)
  10月 松谷武判個展(大阪、グタイピナコテカ)
  11月 前川強個展(大阪、グタイピナコテカ)
  12月 吉原通雄個展(大阪、グタイピナコテカ)
    グラン・パレ国際展(パリ、グランパレ)
1964年 1月 グッゲンハイム国際展(ニューヨーク、グッゲンハイム美術館)
  3月 第14回具体美術展(大阪、高島屋)
  6月 フォンタナ・カポグラッシ展(大阪、グタイピナコテカ)
  11月 名坂有子個展(大阪、グタイピナコテカ)
1965年 4月 神戸具体5人展(神戸、ダイワ画廊)
  7月 第15回具体美術展(大阪、グタイピナコテカ)
  10月 第16回具体美術展(東京、京王百貨店)
  11月 具体パリ展(パリ、スタドラー画廊)
1966年 2月 上前智祐個展(大阪、グタイピナコテカ)
  4月 ヌル国際展(デンハーグ、オレッツ国際画廊)
  6月 具体3人展-向井修二、松谷武判、前川強(大阪、グタイピナコテカ)
  7月 今井祝雄個展(大阪、グタイピナコテカ)
  9月 第17回具体美術展(横浜、高島屋、10月-大阪、グタイピナコテカ)
  11月 ヨシダ・ミノル個展(大阪、グタイピナコテカ)
1967年 1月 桑山タダスキー個展(大阪、グタイピナコテカ)
  3月 具体美術新人展(大阪、グタイピナコテカ)
  4月 田井智個展(大阪、グタイピナコテカ)
    具体オランダ小品展(ロッテルダム・デザインハウス)
  5月 具体美術協会が神戸新聞平和賞(文化賞)を受賞
  6月 第18回具体美術展(大阪、グタイピナコテカ)
    具体オーストリア展(クラーゲンフルト、ハイデ・ヒルデブランド画廊)
  10月 第19回具体美術展(東京、セントラル美術館、11月-大阪、グタイピナコテカ)
1968年 3月 エンリコ・カステラーニ展(大阪、グタイピナコテカ)
  6月 サム・フランシス展(大阪、グタイピナコテカ)
    堀尾貞治個展(大阪、グタイピナコテカ)
  7月 第20回具体美術展(大阪、グタイピナコテカ)
  11月 第21回具体美術展(大阪、グタイピナコテカ)
1969年 4月 今中クミ子個展(大阪、グタイピナコテカ)
    抽象の空間展(ミラノ、コルティナ美術画廊)
1970年 3月 万国博美術展 [現代の躍動の部] (大阪、万国博美術館)
    万国博美術展 [屋外展示] ガーデン・オン・ガーデン
    万国博みどり館エントランスホール グタイグループ展示
  4月 現グタイピナコテカ最終展(大阪、グタイピナコテカ)
  8月 具体美術まつり [EXPO70お祭り広場における人間と物体のドラマ]
1971年 10月 グタイミニピナコテカ開設記念展
  11月 菅野聖子個展(大阪、グタイミニピナコテカ)
1972年 2月 吉原治良逝去
  3月 具体美術協会解散